ジュニアスポーツの科学ノート
うちの子のために、論文を読みました
心と親の関わり連載: 昔の常識と現代の科学 2026-08-17 ・ 三田村あきら

ご褒美で子どもは伸びるのか——わが家で効いた「約束」と、裏目に出た「制度」

半年ほど前、娘には、競技で使う道具でどうしても欲しいものがありました。

ちょうど大会が近づいていて、娘は長距離の種目に出る予定でした。私は約束しました。「自己ベストを出したら、あれを買ってあげる」。

結果。娘は自己ベストを3分以上更新しました。

味をしめた私は、別の作戦も試しました。あまり進んでやらない家のお手伝いに、ご褒美を付けてみたのです。こちらの結果。ご褒美がないと、まったくやらなくなりました。

同じ家の、同じ親のご褒美作戦が、片方は見事に効いて、片方は見事に裏目に出た。この違いはどこから来るのか——論文を読んでみたら、この2つの結末は、心理学が何十年も研究してきた現象そのものでした。

この記事の軸になる論文
128の実験を統合し、報酬の種類・与え方ごとに内発的動機づけへの影響を検討したメタ解析
Deci EL, Koestner R, Ryan RM. A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin. 1999;125(6):627-668.[1]

うまくいった方を分解する

大会の約束が効いた理由は、後から研究に照らすと、偶然とは思えないほど条件が揃っていました。

まず、賭けたのが順位ではなく自己ベストだったこと。順位は相手次第で、本人には完全にはコントロールできません。でも自己ベストは、練習と当日の頑張りがそのまま反映される、本人の手の中にある目標です。

これを支持するデータが、心理学ではなく経済学の側にあります。米国4都市・約3万8000人の子どもを対象にした大規模なランダム化実験[2]では、テストの成績(結果)に報酬を出しても効果はなく、読書の冊数や出席(本人が今日実行できる行動)に報酬を出したときには成績が上がりました。研究者はその理由を、「子どもは、何をすれば成績が上がるのかという道筋を知らない」からだと説明しています。結果に報酬をかけても、そこへ至る方法が分からなければ動きようがない。逆に、やり方が分かっている行動になら、報酬は働くということです。

同じ向きの整理は、行動経済学のレビュー[3]でも示されています。ただしこれは、心理学の実験で確立した法則というより、経済学の実証研究から導かれる実務的な示唆として受け取るのが正確です。自己ベストという目標が本人の手の中にあったこと——それが効いたのだと私は解釈していますが、わが家の1例が証明したわけではありません。

もうひとつ。ご褒美の中身が競技の道具だったこと。つまり報酬そのものが、娘の大好きな活動をさらに支えるものでした。「頑張ったら、競技から離れた何かがもらえる」ではなく「頑張ったら、競技がもっと楽しくなる」。この構造なら、報酬が「好き」と競合しません。

そして、単発の約束だったこと。ここが、失敗した方との決定的な違いでした。

失敗した方を分解する

お手伝いのご褒美は、約束ではなく制度でした。やるたびにもらえる、常設の仕組み。

心理学には有名な実験があります[4]。お絵かきが好きな幼児を3つのグループに分け、「描いたら賞状をあげる」と予告して描かせた子、予告なしに後から賞をもらった子、何ももらわなかった子を比べたところ、その後の自由時間に自分から絵を描く時間が減ったのは、予告されたグループだけでした。報酬が「やる理由」の座を乗っ取ると、報酬が消えた瞬間に、やる理由ごと消える——アンダーマイニング効果(過正当化効果)と呼ばれる現象です。

わが家のお手伝いで起きたのは、まさにこれだと思います。しかも研究の教科書では「もともと好きではない作業なら、壊れる内発的動機がそもそもないので報酬を付けても害はない」とされることが多いのです[5]。これはアンダーマイニング効果を主張する研究者たち自身が認めている点でもあります。理屈の上では、お手伝いこそ報酬向きのはずだった。でも現実には、「ご褒美がないならやらない」という取引の習慣だけが残りました。制度にした報酬は、行動を買うと同時に、「これは報酬と引き換えにやるものだ」という値札を貼ってしまう。教科書の区分けが、わが家では半分しか当たらなかった——正直に書いておきます。

研究全体の見取り図

二つの実体験を、研究の地図に置くとこうなります。

軸にしたメタ解析[1]は、128の実験をまとめてこう整理しています。予告された物のご褒美(やったらもらえる、終わらせたらもらえる、良い成績ならもらえる)は、その後に自分から取り組む時間を一貫して減らしました。一方、予告しない不意のご褒美には、そうした低下は見られませんでした。そして言葉のご褒美は、平均するとむしろ意欲を高める方向に働いていました。

つまり、報酬が意欲を壊しやすいのは:もともと好きな活動に/物のご褒美を/予告して/常設で付けたとき。逆に安全寄りなのは:本人が制御できる行動への/単発の約束/活動を強化する中身/そして言葉のご褒美——という地図になります。

ただし、言葉のご褒美については但し書きが2つあります。同じメタ解析の中で、言葉のご褒美が意欲を高める効果は大学生でははっきり確認された一方、子どもでは差が小さく、あるともないとも言い切れませんでした。さらに、同じ「褒める」でも、「その調子で続けるべきだ」というような圧をかける言い方をすると、逆に意欲を下げる結果が出ています。褒め方が情報を伝えるもの(何がどう良かったか)であれば増強に働き、行動を統制するもの(「その調子で」のように仕向ける言い方)になると逆効果になる、という分かれ方です。「言葉なら無制限に安全」ではなく、「情報として返すなら安全」が正確なところ。加えて、これらは実験室や教室での短期的な効果を測ったもので、家庭で何年も続けたときにどうなるかを見た研究ではありません。

そして、この地図自体に研究者の間で論争があります。報酬の害は限定的な条件でしか起きない、とするメタ解析[6]や、「報酬の有害性は神話に近い」とする主張[7]があり、2001年には同じ学術誌の同じ号で両陣営が反論を応酬しています[8]。論争が最も激しかったのは1990年代から2000年代初頭で、いまも決着はついていません。効果の出方は子どもによっても違いますし、わが家の2例がたまたま教科書通りだった保証もありません。地図は地図であって、自分の子で確かめるしかない——これが正直なところです。

この記事で言えないこと

アンダーマイニング効果の研究は実験室や教室の短期データが中心で、家庭のご褒美運用を長期に追った研究は限られます。「ご褒美は必ず害」「必ず有効」のどちらも断定できません。

家庭でできること——2つの実話から作ったわが家のルール

  1. 賭けるなら、本人の手の中にあるものに。順位や勝敗ではなく、自己ベスト・挑戦した回数・練習に行った日数
  2. ご褒美は「約束」にして、「制度」にしない。単発の約束は火付け役になり、常設の制度は値札になる——これがわが家の2例を分けた線でした
  3. 報酬の中身は、できればその活動の中から選ぶ。道具、遠征、上手い人の演技を見に行く。活動の外の報酬より、「好き」と喧嘩しません
  4. 言葉のご褒美は、評価ではなく実況で。「勝ったね」より「最後まで足が動いてたね」。本人が制御した部分を具体的に返すのが情報的な褒め方で、「その調子で頑張るべき」のような圧をかける言い方は逆効果になりうると報告されています
  5. 失敗しても大丈夫です。わが家のお手伝い制度も、気づいた時点でやめました。ご褒美は実験できます——効かなければ、やめればいい
## 参考文献
  1. Deci EL, Koestner R, Ryan RM. A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin. 1999;125(6):627-668. PubMed
  2. Fryer RG Jr. Financial incentives and student achievement: evidence from randomized trials. The Quarterly Journal of Economics. 2011;126(4):1755-1798. DOI
  3. Gneezy U, Meier S, Rey-Biel P. When and why incentives (don't) work to modify behavior. Journal of Economic Perspectives. 2011;25(4):191-210. DOI
  4. Lepper MR, Greene D, Nisbett RE. Undermining children's intrinsic interest with extrinsic reward: a test of the "overjustification" hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology. 1973;28(1):129-137. DOI
  5. Deci EL, Koestner R, Ryan RM. Extrinsic rewards and intrinsic motivation in education: reconsidered once again. Review of Educational Research. 2001;71(1):1-27. DOI
  6. Cameron J, Pierce WD. Reinforcement, reward, and intrinsic motivation: a meta-analysis. Review of Educational Research. 1994;64(3):363-423. DOI
  7. Eisenberger R, Cameron J. Detrimental effects of reward: reality or myth? American Psychologist. 1996;51(11):1153-1166. PubMed
  8. Cameron J. Negative effects of reward on intrinsic motivation—a limited phenomenon: comment on Deci, Koestner, and Ryan (2001). Review of Educational Research. 2001;71(1):29-42. DOI / Deci EL, Ryan RM, Koestner R. The pervasive negative effects of rewards on intrinsic motivation: response to Cameron (2001). Review of Educational Research. 2001;71(1):43-51. DOI

本記事は論文に基づく一般的な情報提供です。子育ての方針は各家庭の価値観が主役であり、本記事はその判断材料を提供するものです。

運営者について ・ 免責事項 ・ プライバシーポリシー ・ お問い合わせ ・ X
© 三田村あきら — ジュニアスポーツの科学ノート