足が速くなる方法を調べたら、リレーの選び方の話になりました——運動会の前に読む速さの科学
うちの子の学校では、リレーの選手は50メートル走のタイムで決まります。クラスで速いほうから4人。先生の主観は、一切入りません。
息子は、その線のぎりぎりで入っています。2月生まれで、学年では小柄なほうです。私は正直、「よくやっている」と思っていました。体格の不利を、何かで補っているのだろうと。
——ところで、白状すると、私自身も子どものころ、クラスでいちばん小さいくらいでした。そしてリレーの選手に、入れるか入れないかのぎりぎりにいました。
つまり私は、かつて自分に向けられていた「小さいのによくやる」という物差しを、そのまま息子に当てていたわけです。以前の記事で「選抜は才能を測っているつもりで、生まれ月を測ってしまうことがある」と書いた本人が、です。
それで、論文を読むことにしました。入り口は、たぶん多くの親と同じ「足が速くなる方法」でした。ところが読み進めるうちにたどり着いたのは、走り方のコツではなく、「そもそもあのストップウォッチは何を測っているのか」という話でした。
先に、分かったことを3つ書きます。
- 速い人は、脚を速く回しているわけではありませんでした。 速さを分けていたのは、足が地面に着いているごく短い時間に、どれだけ強く地面を押せるか。ただしこれは大人のデータです
- 小学校高学年の50メートル走は、加速の比重が大きい。 「スタートの数歩」は、練習の的として悪くありません
- そして、タイムだけで決める完全に公平な選抜でさえ、かなりの部分で「体の発達の早さ」を測ってしまいます。 ここが、この記事がリレーの選び方の話になった理由です
成人33名をトレッドミルで限界まで走らせ、最高速度の個人差がどこから来るのかを調べた研究(2000年発表)
Weyand PG, et al. Faster top running speeds are achieved with greater ground forces not more rapid leg movements. Journal of Applied Physiology. 2000;89(5):1991-1999.[1]
速い人は、何が違ったのか
軸にした研究[1]は、18〜36歳の33人を、トレッドミル——ジムにあるような、ベルトが動いてその場で走り続けられる機械です——に乗せ、ベルトの速度を少しずつ上げて、ついていけなくなる限界まで走らせました。いちばん遅い人のトップスピードは秒速6.2メートル、いちばん速い人は11.1メートル。1.8倍の開きです。
意外なのはここからです。空中で脚を前に振り戻す時間は、速い人と遅い人でほとんど変わりませんでした(統計のうえで差と言えるほどの差はなし)。はっきり違ったのは、足が地面に着いているあいだに、体重の何倍の力で地面を押せるか。速い人はこれが約1.26倍大きかった。論文の結論はこうです——「ヒトは脚を空中でより速く動かすことによってではなく、地面により大きな力を加えることによって、速い最高速度に達する」。つまりトップスピードは、「回転の速さ」ではなく「一歩の強さ」の問題らしい。実際、速い人ほど一歩が長く、回転数の差は小さいのでした。
ただし、急いで但し書きを並べます。この研究は、①大人を②トレッドミルで③トップスピードの区間だけ測った④ある時点の比較(速い人と遅い人を並べただけで、練習で何かを変えた実験ではない)です。そして「一歩が長い」は結果であって、意識して歩幅を広げれば速くなるという意味ではありません。無理に広げると、足が体の前に着きすぎてブレーキになります。「大股で走れ」とは読まないでください。 なお、脚の振り戻し方の工夫で計算上の速度が上がるとするシミュレーション研究もあり[2]、「脚の動かし方はどうでもいい」わけでもありません。
そして子どもでは、事情がさらに違います。身長がぐんと伸びる時期より前の子どもでは、「一歩の長さ」より「回転数」のほうが速さの個人差をよく説明するという報告があり[3]、大人の結論をそのまま子どもに当てはめることはできません。
50メートルは、ひとつの能力ではありません
50メートル走は、2つの区間でできています。止まった状態から速度を上げていく加速の区間と、上がりきった速度で走るトップスピードの区間です。
10〜11歳の男子では、加速はおよそ19メートル続き、トップスピードに達するのは25メートル付近という測定があります[4]。つまり50メートルの前半のかなりの部分が加速です。日本の小学生の50メートル走の分析でも、高学年ほど加速の占める割合が大きくなることが示されています[5](低学年では逆に、早めに頭打ちになった速度をどう保つかの区間が大半で、「小学生は加速が大半」と一般化はできません)。
そして、加速とトップスピードは別の能力です。加速は、地面を後ろへ押して体を前に運ぶ力。トップスピードは、ごく短い接地——足が地面に着いている一瞬——のあいだに体を支え直す力で、こちらのほうが体格と成熟の影響を強く受けます[6]。
息子は、この分かれ目の実例でした。スタートと最初の加速は速い。そして後半、伸びてくる子に抜かれる。体力テストを見ても、息子は、身長との結びつきが最も強いとされる握力[7]のような「体格がものを言う」項目でも上位です。「体格の不利」の一言では説明がつきません。縛られているのは、体格と成熟の影響がいちばん濃いトップスピードだけでした。
だから「足が速くない」は、正確ではありませんでした。正確に言えば、トップスピードだけが、いまの体格に縛られている。そして体格は、これから変わっていきます。
三十年前のコツと、いまのコツ
私が子どものころ、運動会の前に言われたのは「腕を大きく振れ」と「もも上げ」でした。いま学校で何と言われているのか、娘に聞いてみました。返ってきたのは「スタートダッシュを意識する」と「つま先をしっかり使って走る」。30年ぶんの変化を、論文と突き合わせてみます。
「腕を大きく振れ」。 成人の実験で、腕を体に固定したまま30メートルを走らせた研究があります。結果は、0.08秒(1.6%)遅くなっただけでした[8]。腕振りの主な仕事は、推進力を生むことではなく、脚の動きで体が左右に回されるのを打ち消すことのようです。ただし「大きく振れ」という指示そのものの効果を確かめた研究は見つからず、専門家のレビューも「腕の役割はまだ曖昧で、研究が足りない」と書いています[9]。腕は、ふつうに振れていれば十分なのかもしれません。
「もも上げ」。 球技系の選手3400人分・121研究をまとめた分析では、走りのドリルを中心にしたトレーニングに、短距離のタイムを縮める効果は確認されませんでした[10]。「無意味だと証明された」ではなく、「効果を示す確かな研究が見当たらない」。それでも、30年つづいてきた定番としては心もとない成績です。
「スタートダッシュを意識する」。 これは筋が通っています。先ほど見たとおり、高学年の50メートルは加速の比重が大きい[4][5]。限られた練習時間を注ぐ先として、スタートは合理的です。学校の指導は、少なくとも半分、ちゃんと当たっていました。
「つま先をしっかり使って走る」。 これがいちばん微妙でした。10〜11歳の日本人男児24名の走りを分析した研究では、つま先寄りで着地する子と、かかとから着地する子が、ちょうど12人ずつでした[11]。「子どもは放っておけばみんなつま先」ではないのです。つま先寄りの群のほうが速かったのですが、ある時点の比較なので、「つま先だから速い」のか「速い子が結果的につま先になる」のかは分かりません。速く走れば着地は自然に前寄りになっていくもので、着地は結果であって、原因だという証拠はない——この読み方が安全です。そして意識してつま先で走ろうとすると、ふくらはぎやアキレス腱の負担が増える方向であることは、大人のランニング研究で示されています[12]。
ところで、30年前の「ももを上げて」と、いまの「つま先を使って」は、部位こそ違え同じ形の声かけです——体の一部分に注意を向けさせる、という形。先生の言葉に限りません。親が運動会の朝にかける声も、たいていこの形をしています。この「形」の効果を調べた実験では、走り慣れていない人は、体の内側に注意を向けさせたときだけ遅くなり、外の目標に向けさせた場合と何も言わない場合は同等でした(大人の研究です)[13]。では外へ向けさせれば速くなるのかというと、そうも言い切れません。外向きの声かけが良い、とまとめた大規模な分析もあります[14]。ただし、うまくいった研究ほど論文になりやすい——その偏りを差し引いて2024年に見直したところ、効果はほぼ消えました[15]。子どもの短距離走で確かめた研究は、1件もありません。
確かに言えるのは控えめなことだけです——体の部位を細かく意識させる声かけは、役に立つ確かな根拠がなく、逆に遅くなった実験がある。「何も言わない」は、思ったより悪くない選択肢のようです。
ストップウォッチは公平です。それでも
冒頭の話に戻ります。50メートルのタイムで選ぶリレー選抜。えこひいきの入りようがない、完全に公平な方法です。
でも、ここまでの数字を並べると、あのストップウォッチが何を測っているかが見えてきます。男子74名を発達の段階ごとに調べた研究では、子どものトップスピードの個人差の83%が、成熟度——体の発達がどこまで進んでいるか——で説明されました[6]。
同じ学年の中には、生まれ月だけで最大約5.5センチの身長差があります(3万7千人規模の日本の調査。小6男子の場合)[16]。それでも体力テストの基準は学年と年齢で区切られていて、生まれ月による補正はありません[17]。実際、握力・50メートル走・立ち幅とびでは、早生まれの子が3年間一貫して低い成績だったという報告もあります(こちらは学会発表の段階のデータです)[18]。
つまりあのタイムは、才能でも努力でもなく、かなりの部分で「体の発達がどこまで進んだか」を測っています。以前の記事に書いた「選抜は生まれ月を測ってしまう」の、いちばん純粋な形です。選ぶ側は何も間違えていない。手続きは完全に公平で、それでも差は出る。誰も悪くないのに、です。
そしてもうひとつ、今回調べていて初めて気づいたことがあります。選抜と本番は、実は別の競技なのです。
選抜に使う50メートル走は、直線です。ところが高学年のリレーは校庭を回ります。本番のコースには距離があり、カーブがある。距離が伸びるほど、加速で稼げる貯金は相対的に薄まり、体格に縛られるトップスピード側の比重が増していきます[4]。
カーブについては、半径1〜6メートルの円——ちょうど校庭のトラックのスケールです——で人がどれだけ減速するかを測った実験があります[19]。同じ人が走っても、きついカーブでは直線のトップスピードの半分近くまで落ちていました。カーブの内側の脚は、体を支えながら内向きにも力を出さなければならず、外側の脚より力を出せません。複数の制約が重なって、速度に頭打ちが来る——というのが研究者の説明です。対象は成人男性5名で、小学生でカーブを測った研究は見つかりませんでした。それでも、走る位置(内側か外側か)で条件が変わりうることも含め、直線のタイムがカーブの速さまで教えてくれるとは限らない、とは言えそうです。
ストップウォッチは嘘をつきません。でも、測っているのが本番と同じ競技だとは限りません。
この記事で言えないこと
速さの核心のデータ(地面を押す力)は成人・トレッドミルのもので、子どもで同じ実験をした研究はありません。カーブの実験も成人です。走り方の指導で子どものタイムが縮んだ研究はありますが(次の節)、比較の相手が弱く、測定に慣れただけの可能性を除けていません。そして「速い子と遅い子を並べる」型の研究からは、何を変えれば速くなるかは原理的に言えません。「これをすれば速くなる」と個々の子に約束できる証拠は、この記事のどこにもありません。
家庭でできること
調べ終えて、わが家で変えたこと・変えないと決めたことです。
1. 練習するなら、「最初の数歩」と「カーブ」に絞る。 高学年の50メートルは加速の比重が大きく[4][5]、加速は体格より技術の入り込む余地が大きい区間です。小学5・6年生の「走ることが苦手な子」への8日間の指導でタイムが縮んだ研究もあります[20](比較の相手は弱いものの、高学年からでも動くことは示しています)。「よーい、どん」の最初の5歩だけを全力で、数本。本番にカーブがあるなら、公園で曲がりながら走って遊んでおく。「膨らまずに曲がれれば上出来」と知っているだけで、本番で慌てる理由がひとつ減ります。
2. 体の部位への細かい指示をやめて、「学校では何と言われてる?」と聞いてみる。 「もっと速く脚を回して」は速い人の実態と合わず[1]、「つま先で」は根拠が心もとない上に負担の心配が残ります[11][12]。部位への細かい指示は、実験で唯一、遅くなる方向が出た声かけでした[13]。代わりの正解はまだ科学にもないので[15]、私は走っている最中の指示をいったんぜんぶやめました(害の報告がない側を選んだだけです)。そのぶん、お子さんが学校で教わっている言葉を聞いてみてください。疑うためではありません。「スタートダッシュ」のように当たっている指導もあり、当たっているなら家でも同じ言葉を使えます。
3. 「たくさん走らせる」より、「動きを教わる機会」を。 思春期より前の子どもでは、走るトレーニングの量を増やしても、タイムの改善は確認されませんでした[21]。量で押す段階は、体が育ってから来ます。走り方教室を選ぶなら、「必ず速くなります」という約束の言葉ではなく、何をどう教えるかで選んでください。
4. 後半で抜かれる子・選ばれなかった子の、お母さん・お父さんへ。 トップスピードは、いまの体格と成熟の話です[6]。遅れているのではなく、まだ来ていないだけ。私自身、クラスでいちばん小さいくらいの子どもでしたが、最終的には平均くらいの身長で止まりました。劇的な逆転ではありません。それでも「いま小さい」が「ずっと遅い」を意味しないことの、身近な一例ではあります(「必ず伸びる」とは言えないので、そこは言いません)。息子には、スタートの速さはいまの武器で、後半は体が育つのを待つ区間だと伝えることにしました。リレーに選ばれなかったとしても、それは成熟の順番であって、才能の順番ではありません。
最後に、予測をひとつ書いておきます。ここまでの理屈が正しければ、加速型の息子は、直線50メートルの順位より、カーブを含む本番のほうが順位を落とすはずです。秋の運動会で答え合わせをします。外れたら、外れたと書きます。
- Weyand PG, Sternlight DB, Bellizzi MJ, Wright S. Faster top running speeds are achieved with greater ground forces not more rapid leg movements. Journal of Applied Physiology. 2000;89(5):1991-1999. PubMed
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本記事は論文に基づく一般的な情報提供であり、個別の指導・診断に代わるものではありません。お子さんの体や心について気になることがあるときは、専門家にご相談ください。